断水

水がない生活は不便である。

流れないトイレは早くも異臭を放ち始めた。

かゆい。頭や体のいたるところがかゆい。

頭を掻きむしっている姿を鏡越しに

眺めている男は何事か考え事をしていた。

やがてむくっと起き上がり、ぶつぶつ言い始めた。

これから駒沢公園に水を汲みに行こう。

4ℓもあれば足りるだろう。こう計画を立てているのだった。

負傷したコメツキバッタが街灯に照らされている。

その姿は悲しげなダンサーに似ている。

水場は遠くない。ゴミ箱の中から厳選した2ℓのペットボトルを2本。

それを火の用心のようにバチンバチンと叩きながら水場に向かった。

ガガンボはこういう夜に必ず現われる。

攻撃を加えてこない以上こちらからあえて追い払うようなことはしない。

ただ、黙々と水を注ぐだけだ。目一杯水を入れると、ついでに

黒く汚れた顔を洗い、次いで手から腕にかけて水をたっぷりかけ、

濡れた体を夜風にさらしたときに感じる快の度合いを

増大させようと姑息な真似をしてみせる。

そしてベンチに向かう。今日はここで一夜を明かそう。

仰向けになり俺は今、空と平行になっている。夜空よ、あんたは女だ。

だから僕が抱きしめてあげよう。

こう、ブツブツ言っているうちに眠りの精が僕を連れて行くのだった。

K